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努力値を振り間違えたのは、私だった。

小学生の頃、どうしても勝てないバンギラスがいた。友達のバンギラスだ。

ポケモン金銀の頃の話になる。バンギラスが強いことは知っていたから、私も育てた。早く強くしたくて、ふしぎなアメを使い、経験値がたくさんもらえる相手ばかりを探して戦わせた。レベルは友達のバンギラスに追いついた。それでも対戦すると、先に倒れるのは私のほうだった。

同じポケモンで、同じくらいのレベルなのに、何が違うのか。生まれつきの個体差があるのかもしれないと思って、今度はハピナスで試した。結果は同じで、友達のハピナスのほうが全部強かった。

しばらくして友達に聞いて、努力値というものがあることを知った。ポケモンは、倒した相手の種類によって伸びる能力が変わる。素早いポケモンを倒し続ければ素早さが、硬いポケモンを倒し続ければ防御が、おおむね伸びていく。同じバンギラスでも、何と戦わせてきたかで中身が違う。

つまり努力値は、何と戦ったかで決まる。相手の強さで決まるわけではない。強い相手、経験値の多い相手を選んでいた私は、どの能力を伸ばすかを一度も考えていなかった。ふしぎなアメに至っては、レベルしか上がらない。私のバンギラスは、数字の上では立派なレベルになっていたが、中身はほとんど育っていなかった。

(金銀の頃は、今の作品とは努力値の仕組みに違いがある。ここでは大枠だけの話にしておく。)

個体差の疑いも、まったくの外れだったとは思わない。生まれつきの差(個体値)も実際にある。ただ、それだけで説明がつく差ではなかった。

そのときの私の感想は、一言だった。だりーな。1匹ずつ、何と戦わせるかを考えて育てるなんて、面倒でやっていられないと思った。

あの「だりーな」を、私は大人になってから、会社でもやっていた。

やめさせないための配属で、全部振り間違えた

5年ほど前、私は新しく入った社員の配属を、ある前提で決めていた。人は数年いれば伸びる、という前提だ。

当時のうちの会社にとって、一番の心配は若手が辞めることだった。建設の現場は、きつい、怖いという印象を持たれやすい。

数字の上でも、新卒が辞めるのは珍しいことではない。厚生労働省の調べでは、2022年3月に卒業して就職した人のうち、3年以内に辞めた人の割合はこうなっている。

  • 高卒 37.9%
  • 大卒 33.8%

新卒全体で見ると、3人に1人以上が3年以内に辞めている。せっかく入ってくれた人に、まずは一旦残ってもらう。それを目標にしたのは、この現実に対する私なりの判断だった。

だから配属も、そのための配属になった。負荷の低い部署に置く。失敗しても誰かが拾ってくれる場所に置く。数年いてくれれば、そのうち仕事を覚えて伸びていくはずだと考えていた。

正直に言うと、これは辞めさせないための配置だった。育成のつもりで始めたと書けば聞こえはいいが、実際の動機は離職防止が先で、育成はその後ろについていただけだ。

あのときの判断にも、理はあったと思っている。それでも、私は振り間違えた。

結果、伸びる要素がまったくなかった。辞めずに残ってはくれたし、年次も上がった。ただ、数年たっても、任せられる仕事が増えていかない。原因は配置にあった。伸びるような場面に、私が一度も置いていなかったのだ。

今振り返ると、これはアメでレベルだけ上げたバンギラスと同じだった。在籍年数というレベルは上がっていく。けれど、何と戦ってきたかという中身、つまり努力値が入っていない。数字の上では3年目、4年目でも、中身は入社した頃からあまり変わっていなかった。

なぜそうなったのか。一人ひとりについて、何と戦わせるかを考えるのが面倒だったからだと思う。この人にはこの現場、この人にはこの役割と決めるには、その人をよく見たうえで、うまくいかなかったときの手当てまで考えなければならない。それよりも、とりあえず負荷の低い場所に置いておくほうが、育てる側はずっと楽だ。

小学生の私が努力値を知って「だりーな」と思ったのと、構造は同じだった。育てる側がだるいと思っている限り、人は育たない。

振り間違えたのは、配属を決めた私だ。

ただ、人間はポケモンと1つだけ違うところがある。

人間は、努力値と経験値が同時に動く

ポケモンでは、努力値と経験値は別々に動く。何と戦ったかで努力値が決まり、相手が強いかどうかで変わるのは経験値、つまりレベルの上がり方だ。

人間はそうはいかない。何の仕事をやるかで伸びる能力が決まり、その仕事がどれだけ難しいかで伸びる速さが変わる。種類と負荷が、同時に動く。だから人の配置は厄介で、ポケモンよりずっと重い。

種類のほうは分かりやすい。現場に置けば現場の段取りが身につき、客先とのやりとりが多い部署に置けば交渉の感覚が身につく。何の現場に置くかで、伸びる能力が決まる。

負荷のほうは、少し説明がいる。人がものを覚えるのは、緊張感があるときだと私は思っている。正しく伝えないとまた怒られる。自分がやらないとこの仕事は終わらない。そういう状態に置かれたとき、人は必死で覚える。逆に、教えられた通りにやっていれば責任を問われない状態では、なかなか身につかない。

ただし、負荷をかけることと放っておくことは違う。厳しい現場に置くなら、失敗したときに回収できる経験者を先にそこに置いておく必要がある。厳しさの設計は、負荷の設計ではなく受け皿の設計だ。

5年前の私の配属は、種類を考える以前に、負荷をゼロにしていた。何と戦わせるかを決める前に、そもそも戦わせていなかった。

戦わせる現場がなければ、どちらも入らない。仕事を取ってくることが、そのまま若手の育つ場所をつくることになる。経営の側にいて、一番感じていることでもある。

「7割は現場で育つ」という有名な数字がある。

「7割は現場で育つ」の出どころを調べた

人材育成の世界でよく引用される数字に、70:20:10の法則がある。人の成長のうち70%は仕事の経験から、20%は上司や周囲からの薫陶から、10%は研修や読書から得られる、というものだ。研修の効果は1割しかない、という話の根拠として使われることが多い。

私の主張と同じ方向の数字なので、本当はありがたい。ただ、出どころを調べてみると、根拠はかなり心もとなかった。

元になっているのは、1996年に約200人の経営幹部へ「自分はどうやって学んだと思うか」を尋ねた調査だとされる。つまり、成功した人の自己申告だ。アメリカの人材開発の業界団体の記事でも、この数字を支える実証データは欠けていると紹介されている。2018年には学術誌で、この数字に依拠した人事施策は誤った方向に進みかねない、と指摘する論文も出ている。

だから私は、この数字を使わない。結論が同じ方向でも、成功者の振り返りを根拠にするわけにはいかない。現場で育つ理由は、構造で説明したい。何と戦わせるかと、どれだけの緊張感を持たせるかだ。

では、研修は何なのか。

研修は、ただの約束だ

ポケモンには、ドーピングアイテムと呼ばれる道具がある。タウリンやインドメタシンといった、使うだけで努力値が入るアイテムだ。

私がよく遊んでいたダイヤモンド・パールの頃は、これで振れるのは1つの能力につき100までだった。上限まで振ろうと思ったら、残りは結局、ポケモンを戦わせて稼ぐしかなかった。それがソード・シールドからは上限がなくなり、お金さえあればドーピングだけで最大まで振れるようになった。

ゲームの世界では、お金で中身を入れられる時代になった。でも人間はそうならない。

会社にとってのドーピングは、研修だと思う。世の中には研修があふれていて、マネージャー向けの研修本も山ほど出ている。それでも、マネージャーが育たないという悩みはなくならない。

私は、コンサル時代に研修を提供する側にいた。だからここから先は、かつての自分の仕事に向けて書くことになる。

研修でやったことを覚えておいて、後で復習できるようにしておいてね。研修が受講者と結べるのは、この約束までだ。約束を結んだ時点では、まだ何も果たしていない。

約束が果たされないまま終わる理由は、3つあると思っている。

1つ目は、責任がないことだ。研修の場では、教えられた通りに聞いていれば、誰にも責任を問われない。その状態では、考える力そのものが止まってしまう。

2つ目は、果たす場所がないことだ。研修で聞いたことを使う場面が、配属先に用意されていない。使わない知識は、現場に出た途端に抜け落ちる。

3つ目は、果たしたかどうかを誰も確かめないことだ。研修が終わった時点で、教える側の仕事は終わったことになる。約束が守られたかを、見に行く人がいない。

研修そのものを否定したいわけではない。研修で結んだ約束も、この3つがそろわなければ効かない、と言いたいだけだ。中でも2つ目の、果たす場所をつくるのは、配属の仕事だ。

マネージャー研修本をどれだけ読んでも育たないのは、読み終えたあとに、その約束を果たす現場が用意されていないからだ。

配置で振るとして、もう1つ、ポケモンが教えてくれることがある。全部は伸ばせない、ということだ。

6匹全部を、ちゃんと育てていなかった

ポケモン1匹に振れる努力値には上限がある。合計で510、1つの能力には252まで。だから最大まで伸ばせる能力は、2つしかない。素早さも攻撃も全部高い、というポケモンは、仕組みの上で作れない。

全部強い個体がいない以上、ポケモンは6匹で戦う。そして私は、その6匹全部を、ちゃんと育てていなかった。

メインの1匹はそれなりに手をかけた。でも2匹目以降は、とにかく急いでレベルを上げたかった。学習装置を持たせて、戦闘に出さずに経験値だけ分けてもらう。レベルはすぐに上がる。けれど対戦になると、1匹目がやられた途端に、2匹目もあっさりやられた。後ろに控えているはずのポケモンが、控えになっていなかった。

パーティの選び方も、年齢で変わった。小学生の頃は、かっこいいポケモンや伝説のポケモンを入れていた。中学に入る頃には、能力や役割で選ぶようになった。

そうなって初めて意識したのが、パーティ全体の噛み合わせだ。炎もいれば水もいる、という相性の話もあるが、私が一番気にしていたのは別のことだった。最悪このポケモンがやられても、次のこいつなら勝てそうだ。そう思える並びになっているかどうかだ。

組織も同じだと思う。一人の力がどれだけ強いかより、それぞれの役割が噛み合っているかどうかで、チームの強さは決まる。誰かが崩れたときに、別の誰かがその場面を受け持てるか。そのためには、後ろに控えている人まで、戦わせて育てておかなければならない。

最後に、振り直しの話をしておきたい。

ゲームは振り直せる。人間は

今のポケモンは、努力値の振り直しがずいぶん楽になった。きのみを食べさせれば10ずつ下げられるし、まとめてリセットする手段もある。ドーピングの上限もなくなった。作る側も、努力値の育成がだるいことを認めて、その手間を少しずつ取り除いてきたのだと思う。

人間の育成からは、そのだるさは取り除けない。きのみで10ずつ下げるようにはいかないし、一度ずれた育ち方を戻すには、育てたのと同じくらいの時間がかかる。だから最初の配属が一番重いし、振り間違えた責任はトレーナーの側にある。

今のうちの会社は、若手が増えて、教育の結果も少しずつ出てきた。受け皿になれる人が育ってきたから、ようやく、いい意味で攻めた配属ができるようになった。5年前にはできなかったことが、やっとできる状態になった、というのが実感に近い。

ただ、それが本当に配置のおかげなのかは、まだ分からない。たまたま受け皿になれる人が育ったから、うまく回っているだけかもしれない。

努力値の足りないバンギラスを、それでも一番長く連れ歩いた。

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白岩工業は、都市と地方の大型土木を手がける会社です。

渋谷駅の再開発、成田空港、八ッ場ダム、リニアなど、インフラの現場を持っています。

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名前:白岩大地

仕事:白岩工業株式会社 取締役 経営企画部長 兼 人事・総務部長

船井総合研究所で歴代記録と最年少記録を出したあと、2019年に家業へ。兄が社長、私が2番手。3年以内の離職率50%超→9%に貢献。

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